ポールとポーラ 日本語の歌とは
昨日に続いてポール・アンド・ポーラ再登場です。二人の紹介記事があったのでちょっとおさらいすると、ポールは本名レイ・ヒルデブランド、1940年12月21日テキサス州ジョシュアに生まれ、ポーラは本名ジル・ジャス、1942年5月20日テキサス州マッカニーに生まれています。学生の時からデュエットを組んでローカルのラジオ番組などに出ていたようです。二人の代表曲ヘイ・ポーラはポールが作ったオリジナル曲で、メジャーのレコード界にスカウトされたあとの1963年3月に発売され瞬く間に時の人になっていったという訳ですね。1963年のヒット曲にはサーフィンUSA、悲しき雨音、ビー・マイ・ベイビーなどがあったということです。
さて今日の本題にいきましょう。ポールとポーラが日本語で歌っている歌が2曲あるんですね。夢のウェディング・ベルと二人の星を探そうよ、という曲。一応日本だけで発売されたということですが、夢のウェディング・ベルの方は歌詞を英語にしてサムシング・オールド・サムシング・ニューというタイトルで出しています。昨日紹介した31曲入りのベスト盤の3曲目に入っています。この曲などはまだ、ポールとポーラだよー、いいよねーって感じで二人のカラーが残っているんですが、次の曲二人の星を探そうよ、こっちになるともうポールとポーラという感じは全然ありません。それもそのはず、この曲は吉田正作曲で田辺靖雄の持ち歌だったのですね。なるほど、そういうことでありましたか。当時の日本の流行歌ってこんな感じでしたよねー。それをポールとポーラが歌っている、これはなんと貴重な音源なんでしょうか、しかも途中のサビは英語だものね、まさにチャンポンの味がする貴重曲。この2曲を聞いてると少し自信なさげで声も弱々しくなっているんですが仕方ないですか、慣れない言葉ですからね。大きな紙に書かれた大きなローマ字を一生懸命目で追ってレコーディングしているようなそんな光景が浮かんできてしまいますね。
デビュー曲のヘイ・ポーラはビートルズ旋風がアメリカに上陸する直前のアメリカ黄金時代最期の曲となってしまうのですが、ロックンロール時代に終止符を打った清涼飲料水のようなすがすがしさを持ったポールとポーラの出現そしてその歌声は今でも聞く人の心に優しく語りかけてくるものがあるように思います。
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